D.ペッパー引退の真相

USLPGAツアー


 米女子ツアーの92年賞金女王、ドッティー・ペッパー(当時モクリー=米)が、全米女子オープンを欠場した際に表明したとおり、今季限りで引退した。

 19歳の時に全米オープンのベストアマを獲得し、名門ファーマン大に進み88年にプロ転向したペッパーは、翌89年オールズモービル・クラシックで初優勝。92年にはナビスコ・ダイナショアのメジャー初制覇を含めて4勝を挙げ、賞金女王にまで輝いている。その後も99年には再びナビスコ・ダイナショアに優勝するなど、順調に勝ち星を重ねた。

 ところが順風満帆に見えたゴルフ人生に、00年になって暗い影が襲いかかった。手首と腰の故障で11週間を棒に振り、この年、アーチ・ワイヤレス選手権で勝ったツアー17勝目が、人生最後の勝利に。しかし、そんなことを当時のペッパーは知る由もなかった。

 最初の故障の後、ペッパーの体は次々と悲鳴を上げる。02年、左肩を痛めて手術を余儀なくされ、ひどい鼻炎やライム病の発作などで棄権を繰り返す日々。苦しみ続けた挙句に、疲れ果てて出した結論が引退だった。

「家族や親しい友人達とよく話し合って出した答えがこれ(引退)。悔いはないし、悲しくもない。ゴルフは私に人生をくれたけど、波乱万丈のようなケガとリハビリのツケは大きかった。もう優勝を狙うこともできないし、ゴルフを楽しむこともできないから」と口にしたペッパー。最後の試合になる予定だったアサヒ緑健インターナショナルもプレーできず、静かに選手としての日々に幕を下ろした。 

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